宇宙開発のはじまり
1963年は、純粋に科学的な意味での宇宙飛行という観点からは、印象に残る年ではありませんでした。
この年の12月に、ダイナソア計画という名称で知られていた、重要な長期計画が破棄されています。
米国はこのダイナソアを、操縦が自由自在であるだけでなく着陸もできる、翼のついた単席の宇宙船として設計していました。
多くの関係者にとってその考え方は魅力に富んでおり、さらには繰り返し使用可能な宇宙船を完成させるための理論的な段階を踏んでいるように思えました。
けれども、開発が実験を追い越してしまったというよくある事実によって、この計画は実験段階の途中で破棄されることとなったんほです。
その代りに登場したのが、MOL(有人軌道実験室)です。
これはジェミニ宇宙船に接続された円筒状の実験室でしたが、この計画もまた技術開発に追い越されて、一度も打上げられることはありませんでした。
もし打上げられていたとしたら、当時の先端を行く監視・偵察装置が積み込まれることになっていたでしょう。
それが破棄された理由の1つは、1969年当時には、多くの軍事ヒの課題が無人宇宙船によって遂行されうるようになっていたということです。
この事実は、これから先も宇宙技術の進歩を決して過少評価してはならないということを、わたしたちに教えてくれます。